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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)2340号 判決 1973年9月26日

控訴人 小川すい

右訴訟代理人弁護士 斎藤兼也

同 村山芳朗

被控訴人 加藤鉄五郎

右訴訟代理人弁護士 三上宏明

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示中予備的請求に関する部分と同一であるから、ここにこれを引用する。

被控訴代理人は、次のとおり述べた。

一、控訴人が本件売買契約を締結したことおよび代物弁済不動産の処分金一五万円を受領したことについての自白の撤回には異議がある。控訴人の主張は、第一、二審を通じて矛盾に満ちており、右自白が真実に反し、錯誤に基づくとする事情は全く見当らない。なお、控訴人主張の土地は、もともと表通りには面していなかったのであり、しかも残存土地の側には三メートル幅の道路が通っているのであって、通行には全く差支えがなかった。ところが控訴人は、本件紛争発生後わざわざ右道路側の出入口をふさいでしまったのである。

二、控訴人は、原審における残代金の支払いと登記手続は同時履行の関係にあるとの自白の撤回をしたが、右撤回には異議がある。本件売買契約書に控訴人主張の如き規定があったとしても、それは通常同時履行の関係をあらわしているものであり、本件もそのような関係を前提として行なわれており、残代金の支払いを先履行とする何らの合理的理由もない。

なお、控訴人は、事情変更による解除を主張するが、本件(一)の土地が表通りに面していないところから、その地価は、契約解除を妥当とせしめる程の不合理な変動はない。さらに被控訴人が代物弁済として提供した(四)、(五)の土地、(六)の建物も現在においては相当程度に値上りしている事情も考え合せると控訴人の主張は全く勝手な言い分であると云わざるをえない。

三、控訴人は、登記請求権の時効消滅を主張するが、物権変動は、売買契約の際に生じており、登記請求権は一種の物権的請求権であるとするのが確立した判例学説であり、控訴人の主張は、特殊な見解であり、失当である。

四、控訴人は、取引上の面積と実測面積が相違し、不法不当であると主張する。しかし通常土地の取引の場合特定物売買であって、数量売買ではない。本件取引にあたっても、実測をし、それに基づいて取引がなされたのではなく、控訴人宅と被控訴人宅を隔てていた塀によって区画割りしていた特定物を売買したのであって、何ら不当、不法はない。

控訴代理人は、次のとおり述べた。

一、控訴人は、原審において、控訴人が本件売買契約を締結したことおよび代物弁済不動産の処分による一五万円を受領したことを認める旨の答弁をしたが、右はいずれも真実に反し、錯誤に基づくものであるので、これを撤回し、これらの事実を否認する。即ち、本件売買契約は、控訴人の子である彰一、須美夫が被控訴人との間に締結したものである。

真実控訴人が契約をしたものならば、公道から売却後の残地に至る通路を残す筈であり、全く通路のない袋地にして売ることはありえないのであって、控訴人が売買契約をしたものでない証左の一である。控訴人は、彰一らが売買の話をすすめているところから代金を費消されては困まるので、それを押えるため、被控訴人に対し履行の催告、解除の通知あるいは調停の申立等種々首尾一貫しない矛盾した言動に及んだのである。

前記のとおり控訴人は、本件売買契約を締結しておらず、売主ではないから、従って控訴人に右売買契約の履行を求める本訴請求は失当である。

本件売買契約書(乙第五号証)には、「売渡人小川すゑ」と記載されているが、もし仮りに右記載から控訴人が売主であるとされるならば、右記載は、控訴人の真意ではなく、かつ被控訴人は、これを知っていたのであるから、心裡留保の規定により本件売買契約は無効である。

二、仮りに控訴人が本件契約を締結し、有効であるとしても、

(一)本件売買契約書には残代金の支払いを完了した際は登記手続をする旨規定されているのであって、右によれば残代金の支払いが先履行の関係にあり、控訴人は、所有権移転登記手続の履行の提供をすることなくして、適法に解除できるから、控訴人のなした本件売買契約に対する解除は有効である。

控訴人は、原審において、残代金の支払いと所有権移転登記手続は、昭和三一年一一月三〇日に同時に行う旨の約旨であったことは認める旨の答弁をしたが、右自白は、真実に反し、錯誤によるものであるから、これを撤回し右事実の主張はこれを否認する。

(二)被控訴人の本件登記請求は本件売買契約に基づく債権的請求権である。右登記は残代金を昭和三一年一一月三〇日までに支払った際になすものとされているから、右期限から一〇年の期間の経過とともに登記請求権は時効により消滅した。

被控訴人は、売買契約成立とともに物権変動が生じており、本件登記請求権は、一種の物権的請求権であると主張するが、

(1)一般に判例法と考えられている売買契約締結のときに所有権が売主から買主に移転するとの解釈は、如何なる事例にも無条件に適用されるものでないこと、判例自ら説示しているところである。

(2)本件売買契約において売買の目的物と掲示された宅地三六坪、借地権一四坪、建物一五坪のうち右宅地は、控訴人所有の宅地七二坪四勺の、又借地は、控訴人の借地一七坪の各一部であって、特定していないから、契約締結により権利が移転することはない。

(3)被控訴人は、本件契約締結以後も昭和三一年一一月分まで前記建物の賃料を支払っているのであって、右事実に徴しても本件売買契約締結により、締結時より目的物件の所有権が被控訴人に移転したものでないことが明らかである。

三、本件売買契約書によれば、「宅地三六坪」(一一九平方メートル)であり、右は、控訴人所有地の一部であり、特定していない。それを契約締結後被控訴人が控訴人不知の間に勝手に囲らした塀を境にして一二六・〇七平方メートルを「特定物を売買した」と称して、これに対する所有権移転登記手続を求めることはできない。

証拠<省略>

理由

一、本件売買契約の締結

控訴人は、原審において、控訴人が被控訴人と本件売買契約を締結した旨の被控訴人の主張を認める旨の答弁をしていたところ、当審において右陳述を飜えし、右契約は、控訴人の子である彰一、須美夫が被控訴人との間に締結したものであり、従って右自白は真実に反し、錯誤に基づくものであるから、これを撤回すると主張するので、右自白の撤回の適否について判断する。

控訴人は、真実控訴人が契約をしたものならば、公道から売却後の残地に至る道路を残す筈であって、右残地を通路のない袋地としたのは、控訴人が契約をしたものでない証左であると主張するが、当審証人小川朝子の証言によっても、控訴人の居住家屋の裏側に幅員一メートル三〇位の人の通行できる小路があることが認められるのであって、控訴人の主張する公道への通路を残すことなく、本件(一)の土地を売却したことをもって直ちに控訴人が本件売買契約を締結しなかったものということはできず、又原審における被控訴人本人尋問の結果中、名義は控訴人であるが、実際は彰一から買受けた旨の供述をもってしても、いまだ控訴人が本件売買契約を締結しなかったものと認めるに足らず、他に控訴人の前記自白が真実に反するものと認めるに足る証拠はない。かえって<証拠>によれば、控訴人が本件売買契約を締結したものであり、その代金額は控訴人が須美夫と協議してきめたこと、昭和三一年一一月三〇日には控訴人が代金を受領するため実印と権利証を持参して司法書士事務所に赴いたこと、その後須美夫が控訴人から頼まれ、昭和三五、六年まで残代金の請求に行ったこと、控訴人は、被控訴人に対し残代金の支払の催告、民事調停の申立、本件売買契約の解除の通知をなしていることが認められ、右認定に反する証拠はない。してみれば、控訴人が原審においてなした前記自白が真実に反するものであることについては確証がないことに帰着するので、控訴人の右自白の撤回は、錯誤に出たものか否かを問うまでもなく、許されないというべきである。

従って控訴人が昭和三一年七月一七日被控訴人との間に本件売買契約を締結したことは当事者間に争いがないものというべきである。そして右契約内容が代金額を宅地・建物および借地権につき個別的にきめたとの点を除き被控訴人主張(請求原因1記載の事実、ただし(2)の(一)ないし(三)を除く)のとおりであることも当事者間に争いがない(なお、代金支払と登記手続が同時履行の関係にあるか否かについては後に判断する。)

なお、控訴人は、本件売買の目的となった宅地は、控訴人所有地の一部三六坪(一一九平方メートル)であって特定せず、まして被控訴人主張の(一)の土地(一二六・〇七平方メートル)ではなく、又借地権の範囲も控訴人の借地一七坪の一部一四坪であって、被控訴人主張の(二)の土地(一七・二二坪、五六・一九平方メートル)の借地権ではないと主張する。なるほど成立に争いのない乙第五号証(不動産売買契約書)には、売買の目的物として宅地三六坪および宅地一四坪の借地権と表示されている。しかしながら成立に争いのない乙第四号証によれば、被控訴人は、控訴人から(三)の建物および宅地を使用区域だけ賃借していたことが認められ、右事実に原審における被控訴人本人尋問の結果および弁論の全趣旨を総合すれば、本件売買は前記契約書の記載にもかかわらず、本件売買契約締結当時控訴人が賃借して使用していた宅地を特定してなしたものというべきであり、前記契約書の表示は、右の土地を単に概略的な数字をもって表示したにすぎず、従って本件売買は土地の数量売買ではないこと、そして(一)、(二)の土地が被控訴人が賃借、使用していた範囲であることが認められ、原審における控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は、その供述自体明確を欠き、措信することができず、他に右認定に反する証拠はないから、控訴人の前記主張は理由がない。

次に控訴人は、心裡留保の主張をするが、被控訴人が本件売買契約を締結する際に、控訴人の右契約締結はその真意に基づくものでないことを知っていたこと、又は知りうべきであったことを認めるに足る証拠はないから、右主張は理由がない。

二、被控訴人の本件売買契約に基づく債務の履行状況

当裁判所も、被控訴人は、控訴人に対し、本件売買契約の約旨どおり内金五万円の支払いおよび代物弁済として(四)、(五)の土地、(六)の建物の譲渡を了したものと判断するものであって、その理由は、次のとおり付加するほか、原判決理由の説示(原判決一〇枚目裏七行目から同一二枚目裏七行目まで)と同一であるから、ここにこれを引用する。

原判決一二枚目表一一行目「自認している事実」の次に「(なお、控訴人は、当審において右自白は真実に反し、錯誤に基づくものであるから、これを撤回すると主張する。原審における控訴人本人尋問の結果中には、右一五万円は彰一が受領した旨の供述があるが、右代物弁済不動産を急遽換金したのは前記認定の如き経緯に基づくものであることに鑑みれば、これをもって必ずしも控訴人が右代金を受領しなかったものとはいゝえず、他に右陳述が真実に反し、錯誤に基づくものと認めるに足る証拠はないから、控訴人の自白の撤回は許されない。)」を加える。

三、控訴人の抗弁についての判断

(一)控訴人の契約解除の効力につき判断する前に、まず被控訴人の代金支払いと控訴人の登記手続の履行が同時履行の関係にあるか否かについて判断する。控訴人は、原審においては右両者が同時履行の関係にあることを認める旨の陳述をしていたところ、当審において右陳述を飜えし、被控訴人の代金支払いが先履行の関係にあり、右自白は真実に反し、錯誤に基づくものであるから、これを撤回すると主張する。前掲乙第五号証には、被控訴人の代金支払いを完了した際は相互に所有権移転登記をする旨の取極めのあることが認められるが、右表現は必ずしも明確であるとはいい難いものの、通常不動産取引におけるが如く、売買代金支払いと登記手続を同時に行う旨を定めたものであって、特に代金支払いを先履行とする旨を定めたものとは認め難く、他に代金の支払いを先履行とする特約のあったことを認めるに足る証拠はないから、控訴人の前記自白は真実に反するものとは認め難い。従って控訴人の自白の撤回は許されない。

当裁判所も、控訴人の契約解除の主張は、いずれも理由がないと判断するものであって、その理由は、次のとおり付加するほか、原判決理由の説示(原判決一四枚目裏二行目から同一七枚目裏一行目まで)と同一であるから、こゝにこれを引用する。

(1)原判決一六枚目裏末行括弧内「なお」の前に「右貸付けおよび支払猶予の事実は、原審証人西川さたの証言により成立が認められる甲第六ないし第一三号証および同証言、原審における被控訴人本人尋問の結果により成立が認められる甲第一四号証の一ないし六および同本人尋問の結果により認められる。」を加える。

(2)原判決一七枚目表七行目「その他諸般の事情」の前に「被控訴人が代物弁済に供した(四)ないし(六)の土地建物の時価も同じく高騰していることも当然考えられ、右事実」を加え、同行「考慮しても」を「考慮すれば」と訂正する。

(二)次に控訴人の登記請求権が時効により消滅している旨の主張について検討する。売買による所有権移転登記請求権の性質については、物権的請求権説、債権的請求権説および両者併存説と種々の考え方があるが、当裁判所は、売買による所有権移転登記は、売主が買主に所有権の取得を完全ならしめるため欠くことのできない義務であって、売買による所有権移転の事実に伴い必ず存しなければならないものであるから、右登記請求権は独立して消滅時効にかかるべき性質のものではないと解する(大正五年四月一日大審院判決、民録二二輯六七四頁)。しこうして本件売買において(三)の建物は勿論、前記認定の如く(一)の土地も特定物の売買であるから、売買契約の成立とともにこれらの所有権は被控訴人に移転しているものと解せられるから、それに伴う被控訴人の本件移転登記請求権は、独立して消滅時効にかゝる性質のものではないというべきであるから、控訴人のこの点に関する主張は理由がない。

四、結論

被控訴人は、本件売買契約において、代金額は、(一)の土地三五万円、(二)の土地の借地権五万円、(三)の建物一〇万円と個別的に定められていたところ、被控訴人は、その支払った代金額を右の順序に充当したと主張するが、代金額が個別的に定められていたとの点について甲第一六号証の一および原審における被控訴人本人尋問の結果中右主張にそう趣旨の記載および供述は、前掲乙第五号証と対比して措信し難く、他にこれを認めるに足る証拠はないから、被控訴人の前記主張は認めることはできない。

以上の次第であるから、被控訴人は、控訴人に対し売買代金残額二五万円を支払う義務があり、控訴人は、被控訴人に対し(一)の土地と(三)の建物につき昭和三一年七月一七日の売買を原因とする所有権移転登記手続をする義務があり、右双方の義務は、前認定のとおり同時履行の関係にある(なお、控訴人が昭和四二年三月一七日(三)の建物について川名岩男を債権者とする抵当権設定登記を経由し、川名が抵当権を実行して、同年一〇月一八日右建物を競落し、その旨の登記を経由したが、控訴人が昭和四六年三月九日川名からこれを買受け、同年四月二三日その所有権移転登記を経由したことは、当事者間に争いがない。)。従って被控訴人の予備的請求は理由があり、これを認容すべきである。

よって右と同旨の原判決は相当であって、本件控訴は、理由がないから、これを棄却することとし、民事訴訟法第三八四条第一項第九五条第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石田哲一 裁判官 小林定人 関口文吉)

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